製品情報

DentalXができるまで

今から20年以上前、愛知県長久手町の原歯科院長・原正幸氏によって
歯科診断システム「MHD」が誕生し、現在のDentalXに至るまでの軌跡を紹介します。


1979年11月

原歯科 開院

原正幸氏は、愛知県長久手町に原歯科を開設したが、立地条件は決して良いとは言えなかった。周りは田園が広がり住宅も少なく、当時では金融機関からも「この土地で開院するのは無謀」と言われた。

→原歯科ホームページ http://www.hara-dental.com


原歯科外観/診療風景

開院当初の原歯科。周囲には田園が広がっている。




1984年

MHD開発チーム結成

そんな中、原氏は患者さんに自分の口腔内の状況をしっかり理解してもらうことと、医院として患者をしっかり管理していくことを目的にコンピュータシステムの開発チームを結成、「MHD歯科診断システム」の開発を開始した。開発に際し、専門的なシステムにならないよう、チームは女性の意見を中心に開発をすすめた。
患者さんに分かりやすく情報を提供しなければいけないというこだわりがあったからだ。




1986年10月

MHD ver.1.0(モノクロバージョン)完成

昭和61年、ついに「MHDバージョン1」は完成した。
モノクロの画面とプリント書類ではあったが、十分患者さんに口腔内の情報を伝達できるものに出来上がった。



【画面右写真】
DOSベースのMHD ver.1.0はモノクロ画面・モノクロ出力ではあるが、ムシ歯・歯槽膿漏・口腔衛生・歯内療法・咬合・顎関節・筋肉等の検査を入力することで、結果をレーダーチャート(安全・要注意・危険)で出力し患者さんに提示できるようになっていた。咬合に関しては、画面上でアニメーションとして表示が可能。ムシ歯等もグラフィカルに表現できるようになっていた。

MHDメニュー画面
MHD検査入力画面

左上 メニュー画面
右上 検査入力画面
右下 レーダーチャート画面

MHDレーダーチャート画面



1987年1月

MHD ver.2.0(カラーバージョン)完成

昭和62年には業界初のカラー対応「歯科診断システムMHDバージョン2」を発表した。その間、医院内での運用を継続しながら、必要な機能・必要ではない機能の追加削除を繰り返し、医院内でもっとも効率よく使用可能なシステムとして進化していった。



【画面右写真】
ver.1.0から約1年、基礎のプログラムをもとにカラー対応のver.2.0が登場。カラー対応になっただけでなく、検査の項目も神経・審美性・歯の汚れなど、かなりの項目の検査結果を管理できるようになった。データに基づく自動診断書も患者さんにより分かりやすく提示できるようになった。検査後には、レイダックスというデジタル制御式カセットテープレコーダーで約15分間、患者さんが診断書とモニターを比較しながら、自動カウンセリングができる、画期的なシステムだった。


MHDver.2.0プラーク
MHDver.2.0検査

MHDver.2.0 レイダックス




1995年5月

Dental7への移行完成

平成7年、画像データベース機能をもった「Dental7」としてMHDシステムは生まれ変わることになった。あくまでも「患者の立場に立って考えられた」「患者のための」というコンセプトを第一にDental7への移行が完成した。


原氏の希望により、当初プラネットが開発した歯科用画像データベースシステムとMHDの検査機能をシンクロさせ、MHDは新しくDental7として生まれ変わった。Dental7に咬合・顎関節・筋肉の管理機能がないのは、長年MHDを利用してきた原氏の意向である。その後、入力の手間を携帯用端末機で解決した。





Dental7プラーク
Dental7ポケット
Dental7画像管理
Dental7ムシ歯 Dental7審美
携帯用端末



2003年7月

DentalXリリース

平成15年、Dental7はアップルの最高技術の賜であるオペレーションシステム「Mac OS X」に対応するだけでなく、全てのプログラムをゼロからオリジナルで書き換えた「DentalX」となる。DentalXは全国3800を超えるユーザーの意見を取り入れながら数々のバージョンアップを行い、現在も進化し続けている。

歯科医院向けコミュニケーションツールDentalX